世界をつなぐ 人類の智慧 歴史

きずな ~伝承の数々~

  

  

  たくさんの発見をみつけましょう 

                   伝えましょう

 

  浅野総一郎 と 後藤新平  冊子「9月号2012年掲載」 リレーエッセイ

「今、何故後藤新平か?」.....浅野総一郎と後藤新平の永い絆。尾崎行雄、安田善治郎らとともに目指した「世界に誇れる大都 東京」、そして中村天風らとの交遊。   

     大風呂敷を広げた同志       新田純子

東洋汽船設立の経緯

今、私の手元の本(図説中村天風 海鳥社刊)の一頁に浅野総一郎、尾崎行雄、後藤新平、中村天風、九条武子らが一堂に会し、講演会を開いている記事と写真がある。時は大正十四(1925)年五月十八日。場所は尾崎行雄別邸。その日の演目は、「健康法」で、皆、百二十五歳まで生きる意気込みであった。

さて、浅野総一郎と後藤新平との間には太い信頼関係があったが、世間はこのことに意外と気付いていない。浅野が九歳人生の先輩だが、その交遊を遡ってみよう。例えば、民間外国航路会社設立に浅野が駆け回っていた頃のことだ。明治二八年に航海助成建議案他が制定され、翌明治二九(1896)年六月二日、四九歳の浅野は念願の東洋汽船(株)を創立したが、蓋を開けると、国からの補助金は驚くほど少額で、一部のもののみに有利な仕組みと感じた。そのからくりに総一郎は憤然とし、それならば、と条件を満たすため株主たちを説得して資本金を増やしたが、政府側もなかなか了承しない。そんななか、事情を知った後藤新平は伊藤博文の下で政務に当たっていた西園寺公望らの間を駆け回り、<sub>しての</sub>総一郎の真意を伝え、この困難を乗り切った。

 この頃の後藤はまだ政治家ではなく、二年前から衛生局長として、北里柴三郎の伝染病研究所の国有化や、救貧法案などを建白書として首相の伊藤博文へ提出する日々であった。良いことは良い、悪いことは悪いとして世の不条理を感じれば、持ち前の正義感で周囲に訴えたのだ。

 

安田.浅野の東京構想 

医師であった後藤新平の目は社会の「衛生」と「救貧」に向けられていた。振り返れば明治一五(1882)年、岐阜で暴漢に襲われた板垣退助の治療のため急行した後藤は彼の影響を強く受け、「人の脈を取るより国家の脈をとろう」と政界に進出した。後に浅野総一郎長男は板垣退助の令嬢と結婚するが、人の縁は至る処で繋がっている。

 後藤新平の本来の性格は堅実型であったろう。「後藤の大風呂敷」は有名だが、影響を与えたのは安田善治郎と浅野総一郎ではなかったか?浅野の思考回路の規模の大きさは並外れている。それは理論に基づいた発想であり、どんな困難があろうが必ず実現する。その男らしさに惚れ、金融王安田が一番見込んでいた実業家であった。そして二人が真剣に考えていたのは東京市を世界の大都とする設計図であり、例えば、東京湾築港計画構想は明治四十年から企画されていた。また、アスフアルト舗装が普及しはじめ、「雨が降る度にぬかるむ東京の道路を舗装しなければならない」と明治43年頃から浅野は明確な決意をし、広い幹線道路が経済に果たす重要性を力説していた。

 大正九年暮れに東京市長に就任した後藤新平は国際都市東京の未来構想を練るために東京市政調査会を設立し、東京市の未来像を具体化しようと討議を重ねた。現代の私たちが暮らしている大都市東京の構想が既に当時の彼らの頭にはあった。安田善治郎の金融的後押しも話し合われていた。安田からの寄付は後に東京市政調査会が置かれた日比谷公会堂建設資金となった。後藤は「八億円かけてでも東京を大改造しなければ、国際都市として世界から置いていかれる」と述べ、「大風呂敷を広げて!」と、世間から驚かれた。

 大正一二年九月一日、突然の大地震。関東大震災が起きた。その混乱もまだおさまらぬ九月二日、山本権兵衛の内閣は帝都復興総裁に後藤新平を任命して東京の復興事業を行うこととなった。

 大震災という壊滅的大災害に見舞われたが、復興を見事に成し遂げた陰には、都市計画という大きなコンセプトがあったのである。何もかも焼けてしまった跡に整然と道路が敷かれたことなどには後藤新平たちの懸命の働きがあったことは確かである。 以上


 

 ◆人と動物の違いは 能力や経験を伝えあうことが出来ることでしょう。

 そのことにより、人類の文化は発達し、地球の番人としての役割をも果たすようになりまはた。

 

 ◆温故知新と云われるように、人類の智慧の蓄積を学ぶことで、未来への指針が見えてきます。偉人と云われる人々は、この能力が研ぎ澄まされている為に、同じ一生という時間の枠の中で、世の中を引っ張っていく力を発揮できたのです。

 

 ◆まず日本人として、日本の古来からの歴史、また、明治以来の近代化がどのようになされたかを知ることが非常に興味深く、未来につながることと思います。

 その意味で、幕末に生を受けた一民間人、浅野総一郎の生涯を再現すること、また、その周辺の人物、例えば渋沢栄一、安田善冶郎、大倉喜八郎、益田孝、後藤新平などの人物の業績にも触れたいと思います。

 ◆また、日本各地の近代産業遺産として価値あるものをご紹介致します。

 ◆さらに、これからの子供達が工夫力、創造力をはぐくみ、新しい日本を担っていくために、一つの提案をいたしました。マジロコという木の積木です。見かけはシンプルですが、幼少期よりマニアックな大人までが楽しめる不思議な、かつ、たのしい積木です。魔方陣の原理ともう一つの数式を応用してあり、実用新案登録をしております。皆さまには広く割安でお届けしたく、努力しております。

 

 

  

 

 

    

  

 項目別  目次(A~Z)