世界をつなぐ 人類の智慧 歴史

きずな ~伝承の数々~

  

  

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浅野総一郎の映画会社 

 浅野総一郎の次男.浅野良三はハーバート大学卒業後、父の事業を手伝ったが、自由闊達な性格であり、進取の気性に富んでいた。父の東洋汽船運営では、外国航路に必要な外国人をもてなすマナーや文化にも気を配り、船内の娯楽としてジャズ演奏や社交ダンスなどの文化にも触れ、そんな環境の中で、目指したのが「映画作成」であった。横浜の山下町に本社と撮影所を構え、無声映画を谷崎潤一郎やトーマス栗原などとともに、大正11年までに短期間に30作品を製作。大正12年の関東大震災後の復活はなかったものの、日本の文化におおきな影響を与えたことは太誌かである。記念碑が横浜にある。

関連ホームページ 大正活映

大正活動映画は、浅野財閥総帥浅野総一郎の次男浅野良三が大正九年(一九二〇)四月に設立した。横浜山下町に本社と撮影所を構え無声映画を製作および配給した。文芸顧問に谷崎潤一郎、撮影所長にトーマス・栗原(写真後列中央の栗原喜三郎)を迎えている。第一作が『アマチュア倶楽部』で原作・脚本谷崎潤一郎、妻の妹葉山三千子が主演した。一九二二年初めまでの短期間に三十作品を製作して彗星のように消えて行った。

 

 ◆人と動物の違いは 能力や経験を伝えあうことが出来ることでしょう。

 そのことにより、人類の文化は発達し、地球の番人としての役割をも果たすようになりまはた。

 

 ◆温故知新と云われるように、人類の智慧の蓄積を学ぶことで、未来への指針が見えてきます。偉人と云われる人々は、この能力が研ぎ澄まされている為に、同じ一生という時間の枠の中で、世の中を引っ張っていく力を発揮できたのです。

 

 ◆まず日本人として、日本の古来からの歴史、また、明治以来の近代化がどのようになされたかを知ることが非常に興味深く、未来につながることと思います。

 その意味で、幕末に生を受けた一民間人、浅野総一郎の生涯を再現すること、また、その周辺の人物、例えば渋沢栄一、安田善冶郎、大倉喜八郎、益田孝、後藤新平などの人物の業績にも触れたいと思います。

 ◆また、日本各地の近代産業遺産として価値あるものをご紹介致します。

 ◆さらに、これからの子供達が工夫力、創造力をはぐくみ、新しい日本を担っていくために、一つの提案をいたしました。マジロコという木の積木です。見かけはシンプルですが、幼少期よりマニアックな大人までが楽しめる不思議な、かつ、たのしい積木です。魔方陣の原理ともう一つの数式を応用してあり、実用新案登録をしております。皆さまには広く割安でお届けしたく、努力しております。

 

 

  

 

 

    

  

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