世界をつなぐ 人類の智慧 歴史

きずな ~伝承の数々~

  

  

  たくさんの発見をみつけましょう 

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☆浅野木材株式会社

 明治中期、秋田にアスフアルトが産出し、浅野石油部ではアスフアルト事業に乗り出した。社長は娘婿の寺田洪一(浅野石油部部長を経て、南北石油株社長。中外アスフアルト社長)。

それとは別に、安田善治郎は硫黄事業に乗り出したりもしたが、実業は向かないと、金融業に集中。安田善治郎とは盟友である浅野も秋田の硫黄事業にも乗り出し、それに伴い、鉄道施設も行った。しかし、明治35年には硫黄鉱山は閉山。しかし、周囲に良質の杉が豊富なことに着眼し、明治41年5月に浅野製材(株)を創設。今日の、株式会社北秋につながる歴史である。

関連ホームページ 秋田各駅停車の旅 失われた鉄道

<th colspan="2">沿革</th>
明治33年5月14日軌道敷設免許取得
明治33年11月20日浅野熊沢硫黄鉱山の専用線として開業
明治35年浅野熊沢硫黄鉱山閉山
明治41年5月31日浅野製材株式会社創立、軌道譲受
大正8年9月北秋木材株式会社に改称
昭和3年~5年軌道を秋田営林局に売却
平成2年5月株式会社北秋に改称し、現在に至る

 

 ◆人と動物の違いは 能力や経験を伝えあうことが出来ることでしょう。

 そのことにより、人類の文化は発達し、地球の番人としての役割をも果たすようになりまはた。

 

 ◆温故知新と云われるように、人類の智慧の蓄積を学ぶことで、未来への指針が見えてきます。偉人と云われる人々は、この能力が研ぎ澄まされている為に、同じ一生という時間の枠の中で、世の中を引っ張っていく力を発揮できたのです。

 

 ◆まず日本人として、日本の古来からの歴史、また、明治以来の近代化がどのようになされたかを知ることが非常に興味深く、未来につながることと思います。

 その意味で、幕末に生を受けた一民間人、浅野総一郎の生涯を再現すること、また、その周辺の人物、例えば渋沢栄一、安田善冶郎、大倉喜八郎、益田孝、後藤新平などの人物の業績にも触れたいと思います。

 ◆また、日本各地の近代産業遺産として価値あるものをご紹介致します。

 ◆さらに、これからの子供達が工夫力、創造力をはぐくみ、新しい日本を担っていくために、一つの提案をいたしました。マジロコという木の積木です。見かけはシンプルですが、幼少期よりマニアックな大人までが楽しめる不思議な、かつ、たのしい積木です。魔方陣の原理ともう一つの数式を応用してあり、実用新案登録をしております。皆さまには広く割安でお届けしたく、努力しております。

 

 

  

 

 

    

  

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